「途中式を書きなさいって、何回言ったら分かるの?」
テストが返ってくるたびに、
そんな言葉が喉まで出かかったことはありませんか。
答えは合っている。
でも途中式がほとんどない。
たまに間違えた問題を見ると、
案の定、頭の中で計算した途中でどこかが狂っている。
「書けば防げたミスなのに」
と何度注意しても、次のテストでもまた同じ答案が返ってくる。
「うちの子は面倒くさがりなんだ」
と、ため息をつく保護者の方を、
これまで数えきれないほど見てきました。
途中式を書かない子の多くは、
「書きたくない」のではなく
「書けない」
状態にあります。
そしてその正体は、やる気でも性格でもなく、
脳の仕組みにあります。
40年の指導経験と、認知心理学の研究を重ね合わせて、
「書けない」
の本当の理由と、
突き抜ける子が持っている習慣をお伝えします。
途中式は思考を整理するための重要な道具
まず、考え方を一つだけ変えてください。
途中式は、採点者に見せるための飾りではありません。
自分の頭の中の思考を、紙の上に取り出すための道具です。
「頭の中で全部できるから、書く必要がない」
と感じている子ほど、実はこの道具を持たないまま、
素手で難しい問題に挑んでいる状態です。
そして、この
「素手で挑む」
状態には、脳の仕組み上の限界があります。
次の章で、その限界を具体的に見ていきましょう。
「書けない」理由は脳の作業スペースの限界にある
ある学習塾の先生は、
途中式を書かない子の状態を、こうたとえています。
「迷路を、スタートからゴールまで頭の中だけで解いてから、
一気に線を引いている状態」
迷路の全ルートを頭の中だけで覚えておくのは、
とても大変です。
途中で
「あれ、さっきの分かれ道はどっちに曲がったっけ」
と分からなくなり、
気づかないうちに違う方向へ進んでしまう。
これが、途中式を書かない子の頭の中で起きていることです。
この現象の背景にあるのが、
「ワーキングメモリ」
と呼ばれる、脳の作業スペースです。
ワーキングメモリとは、計算の途中結果や問題文の条件など、
「今、使っている情報」
を一時的に保持しておくための脳の機能です。
ただし、この容量には限りがあります。
指導の現場からも、次のような報告があります。
- 途中式を省略して、頭の中で操作する数が増えるほど、「何をどこまでやったか」を忘れやすくなる
- 頭の中で処理している最中に、無意識のうちに違う数字に置き換わってしまうことがある
つまり、ミスが起きるのは「不注意」だからではありません。
作業スペースに入りきらない情報が、こぼれ落ちている
のです。
途中式を書くという行為は、この溢れそうな情報を、
紙という外部の記憶装置に移し替える作業です。
頭の中の作業スペースを空けることで、
本来考えるべきことに脳のパワーを集中させられるようになります。
「賢い子ほど頭の中で完結できる」
というのは、実は大きな誤解です。
難しい問題になればなるほど、
頭の中だけで抱えられる量には、誰でも限界が来ます。
自己説明効果が理解を深める理由
心理学者のミシェリーン・チーらは1989年に、
ある実験を行いました。
物理の問題を学ぶ人たちに、
学習している間、頭の中で考えたことを声に出してもらったのです。
その発言内容を分析すると、
学習の成果が高かった人と低かった人の間に、
はっきりとした違いが見つかりました。
成績が高かった人は、次のような発言が多かったのです。
- 概念について「つまり、こういうことだ」と説明するような発言
- 自分の理解度を点検する発言(「ここがまだ分かっていない」「これは理解できた」)
つまり、できる人ほど、学びながら
自分で自分に説明を続けていた
ということです。
この現象は
「自己説明効果」
と呼ばれています。
さらに1994年の追加研究では、
自己説明を促すこと自体が、
実際に理解を深めることが確認されています。
では、この自己説明と途中式はどうつながるのでしょうか。
途中式を書く行為は、
「自分に説明する」
という作業を、紙の上で行っているのとまったく同じです。
「ここで両辺に同じ数を足すから」
「次に符号が変わるから」
と、自分の思考を言葉や式にして外に出す。
この作業が、理解を深める仕組みそのものなのです。
さらに、明治大学の伊藤貴昭氏による研究紹介では、
学習者に説明をさせることで、
「自分は本当に分かっているか」
を点検するメタ認知的な働きが促されることが示されています。
書きながら説明していると、
「あれ、ここ、なぜこうなるんだっけ」
と詰まる瞬間があります。
この「詰まり」こそが、自分の理解の穴に気づくセンサーです。
頭の中だけで進めていると、このセンサーが働かないまま、
間違った方向へ突き進んでしまうのです。
難関校で差をつける言語化力の重要性
この話は、日々の計算ミスだけにとどまりません。
難関校ほど、
記述式の問題が出題される傾向があると言われています。
答えだけでなく、
「なぜそうなるのか」
を自分の言葉で説明することを求められるのです。
ここで、個別指導の現場で出会った実例を挙げます。
中学までは、途中式をほとんど書かず、
余白で計算して答えだけ書くスタイルで通用していた生徒がいました。
ところが高校数学に入り、記述式の出題が増えると、
答えが合っていても大幅に減点されるようになりました。
本人は
「頭の中では分かっているのに」
と納得できなかったそうです。
しかし、
「採点者に伝わる形で書けなければ、点数にならない」
という現実を受け入れたのは、高校3年生になってからでした。
もう一つ、見落とされがちな視点があります。
記述式に苦手意識を持つ原因を分析すると、実力不足だけでなく、
「頭の中にある抽象的な思考を言語化するための、
手持ちの言葉が足りない」
という構造的な問題が見えてくるという指摘があります。
つまり、「書けない」のは「考えていない」からではなく、
考えを言葉に変換する道具が足りていない
からなのです。
- 頭の中では分かっているのに、書こうとすると手が止まる
- 説明を求められると、「えっと……」と言葉に詰まる
こうした子は、能力が低いのではありません。
言語化の練習を、これまで積む機会がなかっただけです。
そしてこの練習は、日々の途中式という、最も身近な場所から始められます。
「書くと時間がかかる」と感じる子へのアドバイス
ここまで読んで、
「でも、書いていたらテストの時間が足りなくなる」
と感じる子もいるでしょう。その心配はもっともです。
ただ、頭の中で処理して途中でこぼれ落ち、
見直しでもどこが間違いか分からず、
解き直しに時間を取られる。
この流れの方が、結果的に多くの時間を失っています。
最初のひと手間を惜しまないことが、
トータルでは時間の節約になるのです。
大切なのは、最初から全部を丁寧に書こうとしないことです。
まずは
「複雑な問題のときだけ書く」
「符号が変わる箇所だけ書く」
と、書く場面を絞るところから始めれば十分です。
書くことに慣れてくると、
自然と書くスピードも上がっていきます。
今日から始める「書きながら考える」実践法
理屈が分かったところで、今日から実践できる具体策をお伝えします。
① 「書く」を目的にせず、「自分に説明する」と言い換える
- 「途中式を書きなさい」ではなく、「自分に説明しながら解いてみよう」と声をかける
- 書くことが「やらされ作業」から「考えるための道具」に変わります
② 式の横に、一言だけ理由を添える
- 「両辺に3を足す」「符号が逆になる」など、式の横に短い言葉でメモを添える
- 完璧な文章でなくて構いません。言葉にする練習そのものに意味があります
③ 解いたあとに、声に出して説明させてみる
- 解き終わった問題を、保護者に向かって説明してもらう
- 説明に詰まったところが、理解の穴のサインです。そこを重点的に見直しましょう
- 保護者は「聞き役」に徹してください。正解を教えるのではなく、「なんでそうなるの?」と素朴に尋ねるだけで十分です
④ 間違えたときは「どこで考えが狂ったか」を式で探す
- 途中式が残っていれば、間違いの原因を自分で特定できます
- 頭の中で完結させていると、何が間違いだったのかも分からないまま終わってしまいます
行動を促すための結論
途中式を書かない子は、怠けているのではありません。
頭の中の作業スペースの限界に気づいておらず、
自分に説明するという最も強力な学習法を、
まだ知らないだけ
です。
そして途中式を書く習慣は、
計算ミスを防ぐ以上の意味を持っています。
頭の中の思考を言葉にする力は、
難関校の記述式入試で、最後に差を生む力になっていきます。
叱って書かせるのではなく、
「書くと自分の頭が軽くなる」
と実感させること。
それが、習慣を根づかせる一番の近道です。
今日の勉強から、まず一つだけ試してみてください。
問題を一問解いたら、式の横に
「なぜそうしたか」
を一言だけ書き添えてみましょう。
その一言が、頭の中だけで完結していた思考を、本物の理解に変える第一歩になります。
大岩裕之(おおいわ ひろゆき) 雙葉進学教室 塾長。数学教育学修士・専修免許状取得。ロンドン・ニューヨーク・上海など6都市での指導を経て、2015年より半田市にて開校。指導歴40年・数学・理科専門。