「勉強時間も増やした。復習もしている。
それなのに、どうしてあと一歩届かないんだろう」
例題は理解している。
解説を読めば「なるほど」と言う。
それでも、少しひねられた問題になると手が止まる。
成績上位の子たちは、いったい何が違うのか。
「地頭が違うから」
と片づけたくはないけれど、
それ以外の説明も思いつかない。
そんなモヤモヤを抱えた保護者の方に、
40年の指導の中でたくさんお会いしてきました。
偏差値70の生徒の強みは、知識の量ではありません。
知識を"意味のあるまとまり"として
束ねて持っていることです。
そしてこの「束ね方」は、
順序立てて練習すれば育てられます。
この記事では、認知科学の研究データと、
家庭でできる練習法をご紹介します。
この記事の前提:橋渡しの解釈について
最初に、正直にお伝えしておくことがあります。
偏差値70の生徒を直接調べた研究は、
今回の調査では見つかりませんでした。
この記事は、次の3つをつなぎ合わせたものです。
- チェスや物理などの「熟達者」を調べた認知科学の総説
- 具体例から抽象的な原理を学ぶ過程を調べた学習実験
- 私自身の40年の指導経験
つまり、研究が
「偏差値70の頭の中はこうだ」
と直接示しているわけではありません。
研究が示す熟達者の特徴を、
私が指導現場で見てきた上位層の生徒の姿に重ねた、
橋渡しの解釈です。
その点を踏まえて、読み進めてください。
上位層の知識整理法:まとまりで考える
アメリカの学術研究会議がまとめた『How People Learn』は、
専門家と初心者の違いを整理しています。
そこでは、専門家が優れているのは、
記憶力や知能といった一般的な力のためではない、
とされています。
違いを生むのは、
領域の知識が、
中心となる概念を軸に組織されていること
です。
物理の例で見てみましょう。
- 初心者:問題を見て「斜面の問題」「ブロックの問題」と、見た目で分類する
- 専門家:「力学的エネルギー保存則で解ける問題」と、使える原理で分類する
この分類の違いは、第5回の記事でご紹介した、
物理の分類実験(Chi ら, 1981)と同じ結果です。
見た目が違う問題でも、原理が同じなら、
専門家は同じ仲間として束ねます。
束ね方が違うと、何が起きるのでしょうか。
次のチェスの話が、その答えを教えてくれます。
チェスの例から学ぶ知識の束ね方
『How People Learn』には、
チェスの興味深い実験が紹介されています。
実際の対局中の盤面を5秒だけ見せて、
駒の配置を再現してもらいます。
結果は次のとおりです。
- 実戦の配置:マスターは、初心者より多くの駒を正しく再現できた
- 駒をランダムに置いた配置:マスターと初心者の成績は、ほぼ同じになった
マスターは、特別に記憶力が良いわけではありません。
実戦の配置には「意味のある陣形」があり、
それをひとまとまり(チャンク)として見られるから、
たくさん覚えられるのです。
意味のない配置では、その力が使えません。
さらに、チェス経験のある10〜11歳の子どもは、
チェスをしない大学生より多くの駒を覚えられました。
一方、数字の列を覚える課題では、
大学生のほうが上でした。
つまり、
特定の領域での"束ね方"は、
年齢や一般的な能力を超える
ことがあるのです。
数学に置き換えれば、こういうことです。
- 偏差値が伸び悩む子:問題を一つひとつ、別々の知識として覚えている
- 偏差値70の子:問題を「同じ構造の仲間」として束ねて持っている
勉強量が増えるほど苦しくなるのは、
前者の持ち方では、覚える対象が際限なく増えていくからです。
具体と抽象の橋渡し:学習法の鍵
では、この束ね方(概念)は、どうやって作ればよいのでしょうか。
ここで多くの人が悩むのが、
「具体例をたくさん解くべきか、
先に公式を覚えるべきか」
という問いです。
実は、研究結果もこの点で割れて見えます。
抽象的学習の効果:転移の向上
オハイオ州立大学の Kaminski らは、2008年に科学誌『Science』で、
数学の基本的な性質を学ぶ実験を報告しました。
学部生を、次の2つの学び方に分けました。
- 抽象的な記号だけで学ぶ
- 計量カップやピザなど、具体例で学ぶ
別の設定のゲームに応用できるかを調べたところ、
記号だけで学んだ群は約80%の正答
でした(実験1・80名)。
具体例(1〜3個)で学んだ群は、
偶然と変わらない水準だったと報告されています。
段階的学習の効果:さらなる向上
ところが、McNeil と Fyfe(2012年)は、学部生73名で、
同じような課題を追試しました。条件は3つです。
- 抽象記号だけで学ぶ
- 具体的な画像だけで学ぶ
- 具体(計量カップ)→中間(ローマ数字)→抽象記号と、段階的に移行する(フェーディング)
結果は次のとおりです。
- 転移テスト(24点満点)の平均は、フェーディング群が22.85点、他の2条件の平均が20.03点
- 3週間後のテストで満点を取った割合は、フェーディング群が70%、他の条件が38%
- 具体的な画像だけで学んだ群は、直後の転移テストで16.65点と、最も低かった
小学2〜3年生を対象に、
実物→絵→数字の順に移る条件が転移問題で
最も良かったという報告もあります(Fyfe ら, 2015。紹介記事経由)。
2つの研究結果から学ぶこと
一見、矛盾して見える2つの結果ですが、私はこう読んでいます。
具体例だけで止まると、応用が利かない。
かといって、いきなり抽象に飛ぶより、
具体から抽象へ"橋"を一段ずつ渡るほうが、より定着しやすい。
日本の数学教育の研究者である布川和彦氏も、
同じ問題を指摘しています。
具体的な活動の直後に数字や文字だけの練習問題が出てくると、
両者のつながりが見えにくくなる
というのです。
具体から抽象への移行を、生徒任せにしてはいけません。
ただし、これらの実験の多くは大学生が対象です。
中学生にそのまま当てはまるとは、断定できません。
「橋をかける」
という方向を示す、大切な手がかりとして受け止めています。
抽象化を促す比較学習の重要性
では、橋の途中で、何をすればよいのでしょうか。
研究が一貫して示している答えは、「比べる」です。
中学生を対象とした比較学習の実験
Rittle-Johnson と Star(2007年)は、アメリカの中学1年生(7年生)70名で、一次方程式の学習を比較しました。
- 比較群:同じ方程式を2通りの方法で解いた例題を、同じページに並べて見る
- 逐次群:同じ解法を、1つずつ別のページで見る
結果、比較群は、類似問題でも初見の問題でも、
手続きの知識の伸びが大きくなりました。
さらに、
1つの問題を複数の解き方で解ける柔軟性
も高まりました。(概念の理解の伸びは、両群で同程度でした。)
事例比較で学習効果が3倍に
Loewenstein らは1999年に、ビジネススクールの学生で実験をしました。
2つの事例から共通点を引き出した学生は、
別々に事例を与えられた学生と比べて、
学んだ戦略を自分の交渉に取り入れる可能性が、ほぼ3倍
でした。
比較後の学習で効果が2倍以上に
Schwartz らの研究(2005年)では、
対比事例のデータを先に自分で分析してから講義を受けた学生は、
新しい実験結果を予測する課題で、
他の群の2倍以上
の正答を出しました。
これらは、第5回でご紹介した
「2問を並べて共通点を言葉にする」実験(Gick と Holyoak, 1983)と、
同じ方向を向いています。
比べることで、違いが捨てられ、共通の構造だけが残る。
それが抽象化の正体です。
注意点もあります。前述の Kaminski の実験では、
具体例を2つ比べさせても、
良い成績を示したのは約44%の学生にとどまった
と報告されています。
ただ並べればよいのではなく、
"どこに着目して比べるか"
が重要
です。
学習習慣改善:概念ノート作成の4ステップ
ここまでの研究を、家庭で使える形に落とします。
なお、以下の手順は、研究で検証されたものではなく、
私の指導経験にもとづく提案です。
第5回の例題を使って説明します。
問題1 鉛筆を何人かの子どもに配ります。5本ずつ配ると3本余り、6本ずつ配ると2本足りません。子どもは何人で、鉛筆は何本ですか。
問題2 みかんを何人かの子どもに配ります。3個ずつ配ると4個余り、5個ずつ配ると2個足りません。子どもは何人で、みかんは何個ですか。
ステップ1:具体例題を解く
- 問題1を解く(5x + 3 = 6x − 2 → 子ども5人、鉛筆28本)
- ここは具体の段階。数や場面を使って、手を動かす
ステップ2:類題を比較し共通点を命名
- 問題2も解く(3x + 4 = 5x − 2 → 子ども3人、みかん13個)
- 2問を並べて、「どこが同じ?」と考える
- 共通点に名前をつける。たとえば「同じ全体の数を、2通りの式で表す」
- この"名前"が、概念の第一歩(比べる→共通点だけ残す)
ステップ3:一般形と使用合図を記す
- 名前の横に、一般的な形(「人数x、全体 = ax + b = cx + d」)を書く
- さらに、「どんな問題で使うか」の合図を書く。たとえば「余る・足りない、が2通り出てきたら使う」
- 条件と結びついた知識は、使える知識になります。結びつかない知識は、「不活性な知識」になると指摘されています(『How People Learn』)
ステップ4:章を混ぜた問題で問題の本質を確認
- 教科書の練習問題が章ごとにまとまっていると、「この章の問題だから、この公式」という手がかりに頼れてしまう
- 単元をまたいだ問題を数問混ぜ、解く前に「これは何の問題?」と一言で言わせる
- 答えられなければ、概念ノートに戻る
具体(ステップ①)→比較(②)→一般形(③)→判断(④)と進めば、
それが「橋をかける」順序になります。
ノートの形はシンプルで構いません。
左に例題、中央に共通点の名前、右に使う合図。
この3列があれば十分です。
保護者の声かけ:問題の本質を問う質問に変える
最後に、声かけのコツです。
「解けた?」「合ってた?」
は、答えの正誤だけを見る質問です。
概念を育てるには、質問を少し変えてみてください。
- 「この問題、前にやったどれと似てる?」
- 「どこが同じで、どこが違う?」
- 「どんな問題が出たら、この解き方を使う?」
どれも、答えを求める質問ではなく、
束ね方を言葉にさせる
質問です。
うまく答えられなくても構いません。
言葉に詰まった場所が、
まだ束ねきれていない場所だからです。
親が先に答えを言ってしまうと、
子どもが自分で束ねる機会がなくなります。
聞き役に徹してください。
行動に移すための結論
偏差値70の生徒と、伸び悩む生徒の差は、
努力の量だけでは説明できません。
知識を、意味のあるまとまりで束ねて持っているかどうか
が、大きな分かれ目になります。
そして、その束ね方は、次の順序で育てられます。
- 具体の例題から始め、抽象へ"橋を一段ずつ"渡る(フェーディングの転移成績:22.85点 対 20.03点)
- 類題を並べて比べ、共通点に名前をつける(比較学習の実験:手続きの柔軟性が向上、戦略の活用が"ほぼ3倍")
- 「いつ使うか」の合図を書き、章を混ぜて解く
今日の勉強から、まず一つだけ試してください。
今日解いた例題と、先週解いた例題を1組選び、
「どこが同じか」に名前をつけて、
ノートに一行書いてみましょう。
その一行が、バラバラだった知識を束ねる、
最初の「まとまり」になります。
愛知県半田市の学習塾案内:雙葉進学教室のご紹介
「基礎はできているのに、あと一歩で偏差値60の壁を越えられない」
「例題を自分の言葉でまとめる習慣をつけたい」。
そんなときは、雙葉進学教室にご相談ください。
雙葉進学教室は、愛知県半田市にある、数学・理科に特化した進学塾です。
解き方を教え込むのではなく、
お子さんが例題から「自分の概念」を作れるよう、
指導歴40年の経験をもとに寄り添います。
半田高校・横須賀高校を目指すご家庭からのご相談も、お待ちしています。